日の本にて…  ハロー、シカゴ



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日の本へ「機動戦士ガンダム」

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 ガンダムのことを思いつくままに。記憶が頼り。信憑性薄し。長いよ~。
 
 日の本へ… 「30代のガンダム論」

 私の自慢はファーストガンダムを再放送ではなく、初回放送時から見ていたということである。私の郷里、香川県では当時、土曜日の17:30からが日本サンライズ枠だった。『無敵超人ザンボット3』に始まるシリーズは以後、『無敵鋼人ダイターン3』『機動戦士ガンダム』『無敵ロボ・トライダーG7』『最強ロボ・ダイオージャ』『戦闘メカ・ザブングル』『聖戦士ダンバイン』『重戦機エルガイム』『機動戦士Zガンダム』『機動戦士ZZガンダム』『機甲戦記ドラグナー』と続いていく。これとは別枠(少なくとも香川では)だが、この期間にサンライズは『伝説巨神イデオン』『太陽の牙ダグラム』『装甲騎兵ボトムズ』といった小ヒット作も生み出している。ちなみに、これらの作品のOP・ED、全て唄えたりする。

 ダイターン3終了間際、1979年当時、小1の私は『テレビマガジン』や『テレビくん』という雑誌の存在を初めて知る。集団登校時の待ち合わせ場所に、4年生のお兄ちゃんがその雑誌を持ってきており、「おまえ、こん中でどれが一番、かっこええと思う?」と聞いてきた。見たこともない雑誌に、見たこともないロボット!その見開きのページには白いロボットと赤いロボット、戦車みたいなロボットが描かれていた。私は赤いロボット・ガンキャノンを指差した記憶がある。白いロボット・ガンダムは線が華奢すぎてミクロマンみたいに思えた。戦車みたいのはガンタンク。これが私とガンダムの最初の出会い。

 一般的に『機動戦士ガンダム(ファーストガンダム)』は初回放送時の視聴率が悪かったと言われているが、当時既に大学生にはかなり評価が高かったらしい。要はチビッ子の受けがよくなかったのだ。それはつまり関連商品が売れないということである。アニメの場合、協賛するお菓子、玩具メーカーの商品が売れるかどうかが最も大切なポイントである。極端な話、視聴率が0%でも、おもちゃが売れれば、作品としては生き残れるはずである。

 ガンダムの前後の番組に注目してみる。ザンボット3、ダイターン3とここで既にサンライズは子供向けにしては思い切った方向を打ち出す。ザンボット3では主役である神(じん)ファミリーはほとんど戦死。ちなみに、主人公の神勝平を演じたのは大山のぶ代さん、大山さんはお気に入りの作品にこのザンボット3を挙げているらしい。ダイターン3はテンポや設定がかなりお洒落。主人公の名前は波嵐万丈(はらんばんじょう)、声はブライト役の鈴木洋孝氏(06年、急逝)で、ダイターン3が主役としてのデビュー作でもある。

 両作品とも合体・変形メカであり、玩具もそれをうまく表現できていたこともあり、売れ行きは結構好調で、それなりの成功を収めてきた。それを受け、ガンダムは満を持しての登場だったのである。

 そんなガンダム、ロボットではなく兵器としてのモビルスーツなど、それまでの作品にないものを設定に入れてきた。が、大人にも納得できる作品を作りたいという現場と、売り上げ第一のメーカーとの間に軋轢があったのは容易に想像できる。(近年、『仮面ライダー響鬼』で異例の番組途中でのプロデューサー交替もこれが原因だと思われる。)制作費がメーカーから出る以上、メーカーからの要望は優先しなければならない。まずガンダムはコアファイターとのドッキングが可能。テレビではやたらと空中でドッキングする。さらに番組後期にはGファイターが登場し、空中・宇宙空間での変形・合体を繰り返す。当時の協賛玩具メーカーはクローバーで、Gファイター登場後、少しは関連商品の売上が上がったらしいが、如何せん、かなりプロポーションは悪く、子供騙しのイメージは強かった。ガンダムはメーカーの突き上げに屈っしたのか、全52話放送予定を43回で打ち切りとなる。富野由悠季監督、そのうっぷんを晴らすように劇場版では設定を変更し、空中ドッキングなし、Gファイター登場せず、ガンタンクも『めぐりあい宇宙編』では姿を消している。

 ちなみに、監督の富野由悠季氏、キャラクターデザインの安彦良和氏、メカニックデザインの大河原邦男氏は私たちの年代にとっては神様だ。富野監督は別名「皆殺しの富野」とも呼ばれ、手がけた作品の登場人物たちを惜しげもなく殺すことで有名。前述の「ザンボット3」しかり、「ガンダム」シリーズしかり。劇場版『逆襲のシャア』ではついにアムロもシャアも…。「イデオン」においては登場人物全員死亡。

 ガンダムの後番組のトライダーG7、この作品の主人公は竹尾ワッタ、小学6年生で竹尾ゼネラル・カンパニーの社長である。見事にタイムスリップしたかのような、如何にも子供受けしそうな設定だった。ガンダムの関連グッズの売れ行きの悪さに、メーカーが痺れを切らせたのが目に浮かぶようだ。一作品を約一年と考えると、トライダー、ダイオージャと約2年間、子供にわかりやすい「ロボットまんが」が続く。この2年の間に、ガンダムの逆襲が進行する。ガンプラブーム、劇場版『機動戦士ガンダム』の公開。そしてサンライズはザブングルから路線を再度、中高生・大学生向けに変更し、ここから暫く、サンライズ黄金期が続いていく。

 恐らく、それまでのロボットアニメ史上最も不細工であったろう主人公ジロン・アモス、ウォーカーマシンという作業・建設機器の延長のようなメカ群、どんな犯罪を犯しても3日逃げ切れば無罪といった設定など、冒険的要素を取り入れた『戦闘メカ・ザブングル』。個人的にこのサブングルにはかなりの高得点をつけている。市場の反応も良かったのか、ザブングルは後に『太陽の牙ダグラム』とともに劇場公開されている。『ザブングル・グラフティ』。(ほかに『銀河漂流バイファム』『巨神ゴーグ』は僕の中で高得点。)

 キン肉マン、アバレンジャーの主題歌でお馴染みの串田アキラ氏をメジャーにしたのは、このオープニング『疾風!ザブングル』であろう。同時期の宇宙刑事シリーズ「あばよ涙!よろしく勇気!」とともに(富士サファリパーク説あり。「ほんとに、ほんとに、ライオンだ~」)。ちなみに挿入歌『HEY YOU!』を唄ったMIOさんは富野監督のお気に入りになったらしく、その後の作品、ダンバイン『ダンバイン、翔ぶ』、エルガイム『TIME FOR L・GAIM』、ザブングルの劇場版主題歌『GET IT!』などを唄っている。近年、オリジナル・ビデオ作品『機動戦士ガンダム0083 スターダスト・メモリー』の主題歌に登場したのはサンライズ・ファンをときめかしたものだ。

 ザブングルから、特に敵ロボットは量産型という設定が復活(アニメ界に量産型の概念を初めて取り入れたのは『新造人間キャシャーン』のはず)する。また、主人公メカが途中から変わるという荒技を生み出したのもこの作品から。タイトルは「ザブングル」なのに、番組後半の主人公メカはウォーカー・ギャリアとなる。以降、ダンバインではビルバイン、エルガイムではMK‐2にそれぞれ主人公メカが変更される。それを踏まえたのか、『機動戦士Zガンダム』では、初回からは主役モビルスーツであるZガンダムは登場せず、番組前半に活躍するのはガンダムMK‐2となっている。

 『機動戦士Zガンダム』の放送開始時、私は中2だった。この放送にあわせ、角川書店から雑誌『ニュータイプ』が創刊される。Zでは、シャア・アズナブルはクワトロ・バジーナと名を変えている。ピザ屋でお馴染みのクワトロ、そう「4つ」という意味である。何故にクワトロなのか?シャアの本名は言わずと知れたキャスバル・レム・ダイクン、ジオン公国の創始者ジオン・ズム・ダイクンの忘れ形見である。それがシャアと名を変え、復讐のために独裁者ザビ家に近づくのがファーストガンダムでの話なのだが、実はこのシャアという名は彼にとって3番目の名前である。よって4番目の名はクワトロ。ほとんど知られていない彼の2番目の名はエドワウ・マスという。ジオンが急死(暗殺説あり)した後、地球のマス家に引き取られたときの名である。だから、妹はセイラ・マス(本名アルティシア・ソム・ダイクン)。この辺りのことは、安彦良和氏による『ガンダム・オリジン』参照。

 そんなZの世界感、放送当時の私にはほとんど理解できなかった。主人公カミーユ・ビダンの激しい性格(今でいう“キレる”)が理解できず、また、登場人物のほとんどが軍人であり、共感できるキャラも存在せず、部活の忙しさも相まって、いつのまにか観ることから遠ざかってしまった記憶がある。全話を観るのは、実は社会人になってから。ファーストガンダムの一年戦争を生き残ったカツが死んでしまうのは何故!?でも、その後番組のZZガンダムでハヤトが死ぬのはもっと不可解。意味のない死ではないか!まるで『超時空要塞マクロス』の柿崎の死のようだ。ZZからサンライズの勢いは失速し、ドラグナーでこの枠から去っていく。あぁ『機甲戦記ドラグナー』、誰も覚えていないであろう哀しい作品。タイムボカンシリーズを締めくくった『イタダキマン』のように。超時空シリーズを締めくくった『超時空騎団サザンクロス』のように。

 富野監督自身がZについて最近、語っているのだが、「僕はこの作品が当時、嫌いで…。でも、改めて見直すと作品が可愛そうに思えてきて…」。そのためかZ映画版のラストはテレビとは随分と違うものになっている。

 ファーストガンダムの初回放送時、実は第1話「ガンダム大地に立つ」から見ていたわけではない。当時、私は小2で、交友関係も活動範囲も大幅に広がっていた頃で、土曜日は遊び優先、今のように休みではなかったため、午前授業が終わった後はランドセルを置くのももどかしく外に飛び出していったものだ。門限が6時だったこともあり、その時間から放送していた『超電磁ロボ・コンバトラーV』『超電磁マシーン・ボルテスⅤ』『闘将!ダイモス』は欠かさず見ていたが、5時半からのガンダムはあまり見る機会がなかった。そんなガンダムを初めて見たのは、日が短くなった秋頃だったと思う。チャンネルを回す(当時のチャンネルは回転式)と、灰色の髪のひねたようなお兄さん(カイ・シデン)が「ほんと、軟弱者かもね」と呟いたのがやたら強烈な印象として残った。第27話「女スパイ潜入!」である。

 「軟弱者かもね」、こうした富野監督独特の痺れるようなセリフ回しがガンダムの特徴の一つだろう。同年代の男性ならば、必ず使った事があるのではないか。女性ならば、聞いてことがあるのでは?アムロなら、「アムロ、ガンダム、行きます!」「親父にもぶたれた事ないのに!」。セイラさんの「軟弱者!!!」「あなたならできるわ」。ガルマ・ザビ「図ったな!?シャア!」。ランバ・ラル「ザクとは違うのだよ、ザクとは!」。スレッガー・ロウ「哀しいけど、これ、戦争なのよね」。中でもシャアのセリフは秀逸なものが多い。「認めたくないものだな。自分自身の若さゆえの過ちというものを」「坊やだからさ」「冗談ではない!」「私の同士になれ」「私の手向けだ。姉上と一緒に仲良く暮らすがいい」。ガンダムの声優さんたちは、映画、DVD、テレビ、携帯の着ボイスなど、何回くらい同じセリフを言わされているかしら?

 『アンパンマン』や『キャッツ・アイ』、最近ではドラマでも(特に三谷幸喜さんの)活躍中の戸田恵子さんの本格声優デビューがファーストのマチルダ役なのは有名な話。戸田さんは番組後半の挿入歌『きらめきのララァ』『いまはおやすみ』も唄ってましたな。それでは、戸田さんが劇場版『機動戦士ガンダム 哀・戦士編』の頃に、シャア役の池田秀一さんと結婚したのはご存知か?シャアとマチルダが結婚している後でアムロが「マチルダさぁ~ん!」と叫んでいる色紙を安彦良和氏が書いていた。お二人は後に離婚されて、戸田さんは俳優の井上純一氏と再婚している。ワイドショーで「黒木香、洋画アダルトの吹き替えに挑戦!」と放送されたことがあるが、当時、話題だった「ワキ毛の女王」黒木香さんの横で池田秀一さんが、やりにくそうに声をあてていたのを急に思い出した。

 初めてガンプラを手に取ったのは、恐らく小3、農協の展示会だった(村民すべてが繰り出す一大イベント!)。田舎に住んでいたので近くにおもちゃ屋がなかったのだ。放送終了後ながら徐々にガンプラ人気が出てきた頃であろう。300円、144分の1スケールのプラモデルは、それまでの関節のほとんど動かない、プロポーションがテレビとは全く違う「ロボットもの」や子供だましの「ロボダッチ」とは大きく異なり、寧ろ、自動車や戦車・戦艦に近いリアリティを持ったものだった。肩の関節部分が脆くて壊れやすいという欠点はあったが。ちなみに、100分の1スケール(700円)はコアファイターが変形、収納できるものにした為にプロポージョンが今イチ、しかも股関節・足首が動かなかった。とにかく、その頃から30代後半なら誰でも覚えているガンプラ・フィーバーが始まる。

 よく考えれば、作品の内容は大人(高校・大学生)に、玩具が子供に受けたという以前には無いパターンを作ったのも「ファースト・ガンダム」。今のアニメ作品の関連商品マーケットは我が30代が圧倒的に支えていることを考慮すると、純粋な意味で、子供騙しでないデザインが子供に受けたと意味では、このパターンは「ファースト・ガンダム」だけかも。

 毎週日曜日、朝9時の開店を待たずにおもちゃ屋の前には長蛇の列ができたものだった。お目当てのものを入手できる者は極わずかであり、列に並んでも何も購入できないという子も多かった。人気のない「ボール」や「ムサイ」が微かに残っているかどうか状態だった。そういえば、酷い店になると「ズゴック」と「ボール」、「ジオング」と「ムサイ」、「Gファイター」と「ホワイトベース」などと抱き合わせて2つ以上でないと売ってくれないところもあった。塗装に始まって、継ぎ目消し、改造、ジオラマ作成…など、少年たちは自分の模型作りの技術を競うようになる。『プラモ狂四郎』たる漫画も人気を博した。プラモデルになっている「パーフェクト・ガンダム」はこの漫画から生まれたという珍しい作品。

 ガンプラブームに後押しされて、ファーストガンダムの視聴率は再放送でぐんぐん上がり、ついには劇場版公開決定となる。43話で打ち切りになったテレビシリーズは、ア・バオア・クーの攻防で幕を閉じるのだが、本来の予定であった52話まで続いた場合、その後のジオン本国であるサイド3での本土決戦があったのか、キシリア率いる月面基地グラナダからの何らかの抵抗があったのかは知る由もない。この結末については、劇場版でも同様であった。この辺りのことを記した「富野メモ」なるものが存在するらしいのだが…。

 『機動戦士Zガンダム』『機動戦士ZZガンダム』と続くシリーズは、テレビだけでなく、オリジナル・ビデオをとしても様々な広がりを見せている。一応、宇宙世紀が舞台であるテレビ作品としては『機動戦士Vガンダム』が最後になっているが、私自身は全く観ていない。またその後、平成三部作と呼ばれている全く別設定の『機動武闘伝Gガンダム』『新機動戦記ガンダムW』、『機動新世紀ガンダムX』という作品も作られたが、やはり全く観ていない。さらに、平成三部作ではガンダムシリーズから離れていた富野監督が久しぶりに復活、「全てのガンダムワールドは繋がっている」というもはや理解不能な世界にまで達してしまった『ターンエーガンダム』、はたして全く観ていない。

 因みに、登場するモビルスーツが全てガンダムという「Gガンダム」は玩具の売り上げも好調、そのため、以後のシリーズでは多数のガンダムが登場するようになる。また、『聖闘士星矢』の影響で「ガンダムW」以降は美少年が多数出演。

 もはや、小さな子供から大人まで知らないものはほとんどいない感の『ガンダムシリーズ』。ウルトラマン、仮面ライダー、ドラえもん、サザエさんなどと同じく、世代を超えて語り継がれていくものの仲間入りをしていることに誰も異論は唱えないはず。私もいずれ自分の子と「最初のガンダムは…」と話すときがくるのであろうか。語るよ~ん、心して聞け、息子よ

柴 英斗
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by shibaei | 2007-05-15 16:20 | マンガ・アニメ

日の本へ「ことば」

 今後はなかなか帰省もできないだろうとの予測で、連休を利用して香川・大分と実家行脚の旅に出ていた。大阪から香川、香川から大分への車旅。これはそんなに大変じゃない。大分から大阪へのドライブは約11時間。渋滞にも巻き込まれ、ちょっときつかった。金の無い学生時代は高速を使わず、13時間くらい平気だったんだけどな。

   日の本へ…   その244「ことば」

 本日、2歳になった我が息子。「2歳くらいが一番可愛いよ」と以前から聞いていた。「今が一番可愛い時期ね」と散歩していても声をかけられる。「いつでも可愛いでしょう」と思っていたが、確かに今は過去最高におもしろい。毎日毎日、文字通り目に見えるように話せる言葉がどんどん増えていく。人の顔を指さしながら(彼の場合、本当に刺してくる)、「くちい」「はなあ」「めえ」「みみい」と悦に入っている。こらこら、目を突くでない。
 「おとうさん」「おかあさん」とどっちを先に言ってくれるか、奥さんと二人で暗黙のレースを繰り広げていたが、何のことはない。最初にしゃべったのは「おじいちゃん」だった。あぁ、親思いの息子。その次が「おばあちゃん」「おねえちゃん」「おにいちゃん」、一緒に暮らしてもいないのに何故?そしてやっと「かあしゃん」。肝心の父親を見ると「うあっ」としか言わない。「おとうさん」と言わせようと、何回も家族を順番に言わしてみるが、僕だけはいつも「うあっ」である。
 よくよく考えてみた。彼に指摘されて初めて気づいたが、僕の口癖が「うわっ!」なのだ。彼が走るのを見て「うわっ、速!」。彼を抱っこしてみて「うわっ、重!」。彼のオムツを換えてみて「うわっ、臭!」。彼のうんちを見て「うわっ、でか!」。「うわっ」が「うあっ」になっているようだ。息子、恐
るべし。
 ちなみに彼は「パパ」「ママ」は言える。テレビでもよく耳にするし、買い物に行っても他の子がよく「ママ!」とか叫んでいるせいであろう。ただ、僕も奥さんもそう呼ばす気は無いので、彼は「パパ」「ママ」の意味は理解していない。「パパダンプっ!」「ママダンプっ!」と訳の分からない活用
を勝手にしている。
 こんなにおもしろいなら、もう一人くらい子どもがいてもいいなと思えるから不思議だ。

 未だに何の正式決定も出ないまま、大阪の本社で毎日毎日ぼぉっとした日を過ごしているのだが(勿論、英語の勉強はしている)、一応、シカゴに赴任する可能性が高いとだけは聞いている。このまま、大阪で一年もいたら、社会復帰できないという不安も抱えつつ、来週から急にシカゴという可能性もないではない。
 日本での僕の仕事を支えてくれていたのは、圧倒的に言葉である。特にフランチャイズ・システムのザーの立場となる僕としては、顧客からのクレームに対して、ジーである契約者とその先にいる顧客との間を、言葉で切り抜けてきた。無論、真摯な態度、誠意は大切だがそれを示す意味でも言葉は重要である。(おぉ、菅原文太氏の「誠意っていったい何かね?」が急に耳に蘇る。)
 手前味噌だが、それなりの言葉を要所、適所で使ってきたつもりだ。これは敬語をきちんと使えるという意味ではない。むしろ、sense the atmosphere に近い。日本人なら日本語で書け。
 これは良くない一面なのだが、責任者が誰なのか主語がはっきりしない、肯定か否定かよくわからない、「いえいえ、私共といたしましても、全力で改善していく方向で契約者にも重々に注意していきますよう努力してまいる所存にて、上司に相談させていただきます」なんのこっちゃ。この辺り、小ずるい言語にもなりうるのが日本語なのだ。政治家の使う言葉は実に小ずるい。あんな演説は英訳できない。日本語の特性を無意識ではなく意識した上でやっているので(もしかしたら染み付いただけで無意識かもしれない
が)、ずるい。
 でも、やっぱり奥が深く、美しいのが日本語だ。ちょっとだけ英語を勉強して思うのが、全てを表現しないところが日本語の優しさなのだ。聞き手の想像する余地を残しておく。これは思いやりの表れだと思うのだが。
 日本語が使えなくなるのは、翼をもがれたような、素手で特攻せよと言われたような、とにかく不安である。しかし、自らが望んだ道でもある。息子のようにゆっくりと話せるようになればいいという訳はなく、重圧も感じるが、それもまた楽し。母国語の国語力の高さが、第二言語のレベルに強烈に関係するとも聞く。
 母国語が弱かったらどうしよ…。
 「うあっ」は頑張るよ。

                                  2007年5月7日
                                     柴 英斗
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by shibaei | 2007-05-15 13:47


シカゴ生活を経て、子育てやアニメ・特撮、海外赴任経験を語ります。
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